醜い男の恋…『人間椅子』江戸川乱歩|朗読


美しい女流作家 佳子は、ある日、一通の紙束を受け取った。そこにつづられていたのは、ある醜い男の告白であった……。

↓ネタバレ

意表を突く結末

意表を突かれる結末。それまでのゾワゾワと迫るような奇怪な告白から、ラストで雰囲気がガラリと変わる。

小説ならではのギミック(仕掛け)。一通の原稿用紙の紙束につづられた「ある男の告白」を、女性小説家が読んでいる。小説家が、小説によって、翻弄されているおもしろさ。でも、これ自体も、小説である。入れ子のような構造になっている。

その男は椅子になった

この小説のギミックが光るのは、それが「迫真の告白」だからである。もちろん「人間が椅子になる」という着想も、ぶっ飛んでいる。素晴らしい。

その男は、自身の醜い容貌に執着している。椅子職人としては誇りを持っているものの、愛情に飢え、現実世界では満たされない。その代償として、いつも妄想の翼を広げている。美しい女性への憧憬。その妄想は「人間椅子」として、現実化する。

誰しも多かれ少なかれ、自身の容貌に満足しない点があるのではないだろうか。彼の悲しい心情自体は、共感できることである。そして、椅子という「部屋」に引きこもる。そこは闇の世界。触角と聴覚と嗅覚の世界。視覚は存在しない。

そして、男は、なめし革一重を隔てて、外界と接触していく。

“ 椅子の中の恋(!)それがまあ、どんなに不可思議な、陶酔的な魅力を持つか、実際に椅子の中へ這入って見た人でなくては、分るものではありません。それは、ただ、触覚と、聴覚と、そして僅わずかの嗅覚のみの恋でございます。暗闇の世界の恋でございます。決してこの世のものではありません。これこそ、悪魔の国の愛慾なのではございますまいか。”

インターネットで外界とつながり、VRに興じる現代人も、「人間椅子」に似ていなくもない。

醜い男の恋

“ この椅子の中の世界こそ、私に与えられた、本当のすみかではないかと。私の様な醜い、そして気の弱い男は、明るい、光明の世界では、いつもひけ目を感じながら、恥かしい、みじめな生活を続けて行く外に、能のない身体でございます。”

この男は、それまで、女性と接触した経験がなかった。それが、椅子となることによって、多くの女性を「経験」する。この体験を通し、やがて彼はこんな感想を抱くようになる。

“ あるものは、仔馬の様に精悍で、すらりと引き締った肉体を持ち、あるものは、蛇の様に妖艶で、クネクネと自在に動く肉体を持ち、あるものは、ゴム鞠まりの様に肥え太って、脂肪と弾力に富む肉体を持ち、又あるものは、ギリシャの彫刻の様に、ガッシリと力強く、円満に発達した肉体を持って居りました。その外、どの女の肉体にも、一人一人、それぞれの特徴があり魅力があったのでございます。”

そして「本当の恋」を知り、彼の望みは変貌する。その人に「一目、会いたい」と。そして、男は、椅子から出たのだった。